2013年2月17日 星期日

《一日一言 人類の知恵 》(桑原 武夫 ) 梅棹忠夫和 山本紀夫合編《山的世界》梅棹忠夫の発想、 CS Note/《永恆的日記──每一天的音樂》

將一些
Sophie's World: A Novel about the History of Philosophy
中的大哲學之言弄成每月的主題
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A Musical Book of Days《永恆的日記──每一天的音樂》
好書 有趣....

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蘇錦坤送的CS Note (1, 交通大學出版社, 2009)筆記書
這書的一特色是 " 一日一言(一行) 1人 共2頁 一頁是網路的照片 一頁是林教授的素描 其餘空白作為筆記本"
編輯不懂得簡稱 所以很繁雜 每人都出自"閃文集"....)

2010年10月19日:
找到一處顯然的錯誤

CS Note ii
已更正
石川馨 (いしかわ かおる; Ishikawa Kaoru; 19151989)
到林教授blog去 給他CS Note (2 待出版) 3處意見
出版物的品質多困難 主要是要讓"系統外"的高手看過
蘇先生無意中幫助其母校出版社的品管
林老師
我剛剛在 CS Note i 留言
發現石川 馨的日文在第二本已更正
台灣在人名的翻譯沒標準化
而林老師的 也有許多不一致處 (譬如說 Adams 是否應是亞當斯”)不過這些是小問題
我想提一兩重要的地方給你參考

Hans Albrecht Bethe (
German pronunciation: [ˈhans ˈalbʁɛçt ˈbeːtə]; July 2, 1906 – March 6, 2005) 換句話說他是著名的科學界希臘第2字母

Herbert A. Simon
有中文名叫 司馬賀 (我曾與他通信約30封 存 CMU 翻譯過他的主要著作) 中國統一以"西蒙"翻譯Simon……



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一日一言 人類の知恵
岩波新書 1956



桑原 武夫(くわばら たけお、1904年5月10日 - 1988年4月10日)は、日本フランス文学・文化の研究者。文化勲章受章。研究者を組織しての共同研究の先駆的指導者でもあった。

目次

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来歴・人物 [編集]

福井県敦賀郡敦賀町蓬莱(のち敦賀市)の出身。父は、京都帝国大学教授東洋史専攻の、桑原隲蔵(じつぞう)。敦賀は里帰り出産の地なので実質的には京都生まれだが、本人が敦賀に愛着を持ちこの経歴を称し続けた。
京都一中三高を経て、1928年、京都帝国大学文学部卒業旧制大阪高校教授兼京都大学文学部講師を経て1943年東北帝国大学法文学部助教授1948年京都大学人文科学研究所教授、1959年同所長、68年定年退官、名誉教授
スタンダールアランの研究により、フランスの文学や評論を広く日本に紹介した。父桑原隲蔵の関係もあり、早くから西田幾多郎内藤湖南ら戦前の京都学派の碩学の謦咳に直接接することが多く、戦後、同年代の吉川幸次郎貝塚茂樹などの戦後の京都学派の中心的存在として、戦後のさまざまな文化的ムーブメントに主導的な役割を担った。
フランス文学にとどまらず、多方面に亘る深い学識と行動力は各方面に及び、俳句を論じた「第二芸術」(『世界』1946年)は論議を呼んだ。 また、学際的な、さまざまの分野の研究者を組織することにより、先駆的な共同研究システムを推進したことでも知られる。『フランス百科全書の研究』『ルソー研究』(1951年、毎日出版文化賞)、『宮本武蔵と日本人』など、日本の人文科学分野の研究において、数々の業績を残した。これらの共同研究を通じて、梅棹忠夫梅原猛上山春平鶴見俊輔多田道太郎ら多くの文化人の育ての親となった。しかし、『百科全書』派研究などはフランスの学者からは評価されず、国内でも、広く浅くの桑原をディレッタント(英、伊:dilettante、好事家。学者や専門家よりも気楽に素人として興味を持つ者)視する学者もあった。有名な「第二芸術論」も、アイヴァー・リチャーズ『実践批評』で用いられた手法をそのまま転用していると外山滋比古に指摘されている。 このことを指していったのではないだろうが、小松左京との対談で「ある人が、あなたのやったことはみな思いつきに過ぎない」と批判したところ桑原は「思いつきかも知れないが、おまえ思いつきいうてみい」と切り返したと回想している。
一方、岩波書店中央公論社等の出版社との連携も強く、戦後の出版ブームでは、『文学入門』、『日本の名著』など、今に残る新書のベストセラーを数多く出版した。生前に朝日新聞社と岩波書店からそれぞれ全集が発刊されている。
また、同期である今西錦司らとともに登山家としても知られ、1958年には、京都大学山岳会の隊長として、パキスタンチョゴリザへの登頂を成功に導いた。登山に関する著書も多い。
1984年から世界平和アピール七人委員会の委員も務めた。1966年、フランス共和国国家勲功騎士章受章。1974年、叙勲二等瑞宝章。1975年、朝日文化賞受賞。1977年、日本芸術院会員。1979年、文化功労者顕彰。1987年、文化勲章受章。1988年、叙従三位、叙勲一等瑞宝章
1998年より桑原武夫学芸賞が設けられている。

著作 [編集]

単著 [編集]

  • 事実と創作 創元社 1943 のち講談社学術文庫
  • 囘想の山山 七丈書院 1944
  • ざくろの花 生活社 1946
  • フランス印象記 弘文堂書房 1947 のち講談社学術文庫
  • 現代日本文化の反省 白日書院 1947
  • 現代フランス文学の諸相 筑摩書房 1949
  • 人間粗描 中央公論社 1950 のち筑摩叢書
  • 文学入門 岩波新書 1950
  • 宛名のない手紙 弘文堂 1951
  • 歴史と文学 新潮社 1951
  • 近代文学入門 三笠書房 1952
  • 第二芸術論 河出書房 1952 のち講談社学術文庫
  • 文化への発言 創文社 1953
  • 登山の文化史 創元社 1953 のち平凡社ライブラリー
  • 世界文学入門 新評論社 1954
  • 雲の中を歩んではならない 文藝春秋新社 1955
  • ソ連・中国の印象 人文書院 1955
  • フランス的ということ 桑原武夫文芸評論集 岩波書店 1957
  • この人々 文藝春秋新社 1958
  • チヨゴリザ登頂 文藝春秋新社 1959
  • 研究者と実践者 中央公論社 1960
  • 時のながれ 河出書房新社 1961
  • 日本文化の考え方 評論とおしゃべり 白水社 1963
  • 発展しつつある国々 インド・ネパール・アフリカ紀行 河出書房新社 1963
  • 『宮本武蔵』と日本人 講談社現代新書 1964
  • 詩人の手紙 三好達治の友情 筑摩書房 1965、増補新版 1982
  • フランス文学論 筑摩書房 1967
  • 桑原武夫紀行文集 第1-3 河出書房 1968
  • 桑原武夫全集』全7巻 朝日新聞社 1968-69
  • 思い出すこと忘れえぬ人 文藝春秋 1971 のち講談社文芸文庫
  • 伝統と近代 文藝春秋〈人と思想〉 1972-代表作選集
  • 論語 中国詩文選 筑摩書房 1974、新版1982、ちくま文庫 1985
  • ヨーロッパ文明と日本 朝日選書 1974
  • 文明感想集 筑摩書房 1975
  • フランス学序説 講談社学術文庫 1976
  • 文学序説 岩波全書 1977 のち新版
  • わたしの読書遍歴 潮出版社 1978 のち新版
  • 文章作法 潮出版社 1980 のち新版
  • 桑原武夫集』全10巻 岩波書店 1980-1981
  • 『桑原武夫集』富士正晴編 現代の随想21 弥生書房 1982
  • 昔の人今の状況 岩波書店 1983 エセー集
  • 日本文化の活性化 エセー・一九八三年-八八年 岩波書店 1988、遺著

共著・伝記 [編集]

編著・共編著 [編集]

  • 科学読本 野田又夫共編 白水社 1943
  • ルソー研究 岩波書店 1951
  • 18世紀フランス 河出書房 1952
  • フランス百科全書の研究 岩波書店 1954
  • フランス革命の指導者 創元社 1956
  • 一日一言 人類の知恵 岩波新書 1956
  • 岩波小辞典西洋文学 岩波書店 1956
  • フランス革命の研究 岩波書店 1959
  • 世界の歴史 フランス革命とナポレオン 中央公論社 1961、中公文庫1975
  • 日本の名著 近代の思想 中公新書 1962
  • ルソー 岩波新書 1962  
  • ブルジョワ革命の比較研究 筑摩書房 1964
  • 現代の対話 末川博湯川秀樹梅原猛 雄渾社 1966
  • 中江兆民の研究 岩波書店 1966
  • 文学理論の研究 岩波書店 1967
  • 世界の歴史24 戦後の世界 河出書房新社 1974、のち河出文庫
  • フランス革命の指導者 朝日選書 1978
  • 中国とつきあう法 加藤周一ほか 潮出版社 1978
  • 吉川幸次郎 筑摩書房 1982 追悼文集
  • 明治維新と近代化 現代日本を産みだしたもの 小学館〈創造選書〉 1984
  • 湯川秀樹 日本放送出版協会 1984
  • スタンダール研究 鈴木昭一郎共編 白水社 1986

翻訳 [編集]

関連項目 [編集]


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梅棹忠夫和 山本紀夫合編山的世界賴惠鈴譯  台北:臺灣商務2007


陳寬仁

2007.3.11
偶然 翻閱舊書,日本梅棹忠夫著「知識誕生的奧秘」得一段文字,可謂深得我心。 『飽覽群籍,縱橫論述,這似乎是很體面的事,但並非獲得知識之良策。我們不是要「為了說什麼」而讀書,而乃是「盡量不說什麼」而讀書。假使某一本書已經有某種論述,那麼何必像鸚鵡般學人家叫一遍?讀書是為了印證自己的想法是否嶄新而已,因此引用其他書籍的機會並不多,大可不必因為引用太少而覺得慚愧。毋寧說引用太多才是羞恥,因為老是在意別人的言論,正好說明自己缺乏創造性的思考。... ... ... ...
現在教育制度下的學校,很難說是從事學問的良好場所。老師們實在教得太多了,過度熱心的老師恨不得把一切都教給學生,造成學生一味只知道從老師那裡得到教益;至於自已應該如何主動去學習卻茫然無知。簡而言之,知識教得太多,而獲得知識的方法卻不教給學生。提到「為學方法」有人會聯想起一大堆「方法論」,其實不必探討到高級艱深的問題,獲得知識的最基本方法,學校都沒有教。例如:如何觀察?如何記錄?如何記筆記?如何循序思考?等等。』



梅棹忠夫の発想、のぞき見る ウメサオタダオ展

写真:資料を収めるキャビネットをイメージした展示台に、「こざね」や「京大型カード」など知的生産の「七つ道具」が並ぶ拡大資料を収めるキャビネットをイメージした展示台に、「こざね」や「京大型カード」など知的生産の「七つ道具」が並ぶ
 もの書きのあたまを開いて、中をのぞいた思いに襲われる展覧会が開かれている。一昨年に亡くなった民族学者、梅棹忠夫の多彩な業績を紹介する「ウメサオ タダオ展―未来を探検する知の道具―」だ。大阪の国立民族学博物館(梅棹が初代館長)で昨春に話題になった展覧会が、内容を一部変えて東京・青海の日本科 学未来館に巡回した。
 どうやってものを書くかを具体的にあかした梅棹の『知的生産の技術』(岩波新書)は、コンピューター時代のいまも増刷を重ね、88刷を数える。そこで紹 介されて流行した京大型カードや「こざね」(小さなメモ紙片)、さらに野外調査のノートやスケッチが展示されているのだ。
 梅棹が残した本物はケースの中だが、見せ方に工夫を凝らす民博の展覧会らしく、複製を手に取って読むことができる。梅棹は、後の自分は他人だからと、き れいな字でメモをとった。おかげで私たちもカード類から梅棹の発想を体感できる。カードやこざねのミソは、集めた資料を組み替えて新たな論を立てること。 まだ組み替えが続いているかのようなライブ感があるのは、懐かしさに傾きがちな追悼展では珍しい。
 比較文明論や情報産業論など、梅棹の知的生産の成果を簡潔に知ることもできる。2月20日まで(火曜休館)。大人千円。電話03・3570・9151。(編集委員・村山正司)

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